【メモ】論語

※私の勝手な解釈が含まれています。

學而第一

1.
自らが学んだ事の道理や、過去の偉人が遺した言行などを思い返して、時に触れいつでも復習し、身に習熟するのは、とても心嬉しいことではありませんか。人生においてこれ以上嬉しいことはありません。
また、そんな努力を日夜積んでいると、同じ考え方の人が、近辺の人はもとより、遠方からはるばるやって来て、志した道をともに学ぶのは、なんと楽しいことではありませんか。人生において、これ以上の楽しいことはありません。
さて、そんな努力を続け、学問・修養・徳行に優れたとしても、その真価を世の人(為政者)が認めて登用しなくとも、心の中に不平不満を持たず、ひたすら進むべき道を自覚し、より高い徳行の道を修め積む者こそ、なんとまことの君子というべきではあるまいか(これ以上の徳行ともに備わった人はあるまい)。

2.
その人柄が、子としては素直に親を愛し、弟としては従順な態度で兄長に接する人で、目上の者に逆らう行いを好む者はほとんど無い。
目上の者に逆らい、楯突くことを好まない人柄で、国家社会の秩序や平和を乱す行いを好む者は、まだ一度だってあったためしが無い。
いったい徳行が立派に見に付く人とは、物事の根本にみずから進んで力を注ぐものだ。
何事も根本がしっかりと確率すると、人として従い行くべき道はおのずから開けてくるものだ。
この孝・悌こそは、結局、人としての最高道徳である仁を及ぼす根本と言ってよいだろう。

3.
口先うまく表情も和らげ、人に気に入られようとする人に、仁心はない。

4.
私は毎日、自身の言行三事を反省する。
それは、人から相談され、その身になって判断しても、誠心を尽くさなかったのではないか。
友と交游して信実でなく、気兼ねして偽ったのではないか。
先生から教わったのに、まだ習熟していないのではないか。

5.
諸侯の国を治めるには、何かを新規に興したがる事業をむしろ慎重に執り行って民衆から信頼され、冗費を削り負担を軽減することで民衆を慈しみ、民衆を使役するにも、農繁期を避け、農耕・収穫を妨げない最適な時期を選ぶことだ。

6.
世の若者たちは、家にあっては、父母に子としての道を十分に尽くし、社会に出ては、目上の者に従順な態度で接するようでありたい。
そして、自分の行動を何時も変わらず謹み深くし、言葉にうそ偽りのないようでありたい。また、大勢の人をあまねく平等に愛し、進んで仁徳ある人に親しみ、これを模範として見習うようにしたい。
さて、このように実行しても、なお時間的にも、力量にも余裕がある場合は、詩・書・礼・楽の優れた古典を勉強して、自分の教養を高めようとするがよい。
まず、自分で実践し、学問による裏づけはその後でよいのである。

7.
賢人を賢人として相応しくもてなし、その人を慕う心を美人を慕うのと同じくらい誠実に、父母に仕えては、持てる力を尽くし、君主に仕えては、その身を捧げ、友との交游では、言葉に誠実さが籠る人なら、まだ書物を読んだり、人に従って学ばない人でも、私はきっともう学び終えた人と評価するだろう。

8.
人が立派な為政者にあるのに、重厚さもなく、落ち着かない時には、威厳がなくて人々を従わせられない。
また、そうした人は、学問をしても、軽薄さが邪魔して、どうしても身にしっかりと根付かない。
だから誠実さと言行の一致を第一と考え、自分より少しでも劣った者を仲間として、自分のわがままを通すことをなくさなければならない。
もし自分に過失があったら、誰にだって過ちはあるのだから、自分の面目にこだわらずに、速やかに改めなければならない。

9.
人の上に立つ者が、何かと不備が起き易い葬儀を手厚く執行し、先祖の慰霊祭を忘れず丁重に行えば、民衆の気風もそれに感化されて、情に厚く次第に落ち着くだろう。

10.
私どもの孔先生はどこの国へ行っても、必ず政治の相談を持ち掛けられる。これはいったいわが孔先生の方から求めたのでしょうか、それともその国の君主が孔先生に持ち掛けたのでしょうか。
わが孔先生の態度のおだやかさ、お人柄の素直さ、その行動のうやうやしさ、つつましやかさ、何事も人に譲るというひかえめ、この五つの徳をそなえた故に、自然に君主の方から相談を持ち掛けられたのである。もちろん孔先生の諸国巡遊の目的は政治を正しくすることだったから、先生の方から求めたと言えなくもないが、おそらくその求め方は世間の人のいわゆる官職を求める時の媚び諂うありさまとは、大いに違うのではなかろうか。

11.
人の真価を見極めるなら、父親が存命中は、その人はわがままな行動ができないから、むしろ何に心を向けているかを観察し、父親が亡くなったら、その人が何をし始めるのか、その行動を観察する。親が亡くなったとたんに全てそれまでのやり方を改めるのではなく、少なくとも3年の間は、父親の積み重ねてきた筋道を改めない人は、まごころある孝行とこそ言えよう。

12.
礼の活用にあっては、調和を図るのが大切だ。先生の執政の美も、この調和を得たからだ。しかし、大事も小事も、和だけで対処すると、何ともうまく行かない。だから、和の大切さを知り尽くした上で和を図るも、礼で適切に自制しないと、これまたうまく運ばない。

13.
言行が必ず一致し、約束をしかと守るのはよいが、それが人として踏むべき正しい筋道に適ってはじえめて、約束通りに実行してよかろう。自分の言行が慎しみ深く不作法でないのはよいが、それが礼に外れなければ、自分で恥じることもないし、人から辱められることもない。また人との交際で、最初に親しむべき人を間違えなければ、これまた永くその人を尊敬してもよい。

14.
学問修養に志す人は、美食で満腹を望まず、また、住いも案楽などを望まず、人としてなすべき仕事には素早く実行にうつり、言葉をひたすら慎んでは軽はずみに言わない。さらに、学徳のまさった人に自分から親しみ近づいて、自己の是非善悪を質問して、その誤りを正すようにする。そんな人こそ、本当に学問を好む努力の人だと言ってよいだろう。

15.
貧乏でも卑屈に人のご機嫌をとらず、金持ちになっても傲慢に人を見下さなければ、(その評価は)どうでしょうか。
まあ、それでもよかろう。だが、貧乏でも楽しみ、金持ちでも礼を好む人には、まだ及ばないがね。
「詩(経)」に「象牙やツノを、刀で大まかに切り出し、更にヤスリで磨き上げ、玉や石を、ノミで大まかに砕き取り、更に砥石にかけるように、次第に精巧に」とありますが、それはまさしくこの事でしょうか。
おお、それでこそ始めて一緒に「詩(経)」を語り合える。告げた内容から察して、まだ言わない趣旨までも君はわかるのだから。

16.
人が自分を理解してくれないことなど気にかけないで、自分が人の真価の見極めがつかないことこそを気にかけることだ。

 

為政第二

17.
為政者が道義で政治を執れば、まるで、北極星が不動のままにも関わらず、他の星々がそれを中心に巡るように、自然と民心が帰服するものだ。

18.
「詩(経)」の詩300百篇は、内容も様々だが、全篇に通ずるものを、一言で言い尽くすなら「詩を作る人の心に、邪念の欠けらもない」だ。

19.
法律や命令で民衆を導き、刑罰で民衆の足並みをそろえるならば、民衆はその刑罰さえ免れればよいと思って、悪いことをしても、何ら良心的に恥じない。それに反して、道徳によって民衆を導き、物事をそうあるべき条理によって、民衆の足並みをそろえようとするならば、民衆はその行いが他人のい劣るのを恥ずかしく思う上に、自分から善に向かって歩み出すようになる。

20.
私は15歳で学問修養の道に志し、聖人の学に心を向け、その後努力を重ねた。
30歳になると、一通りの学問は身につき、徳も身に修まって一人立ちできる自信がついた。けれども、なお世間の些事には迷いがあった。
40歳になると、道理をよく身につけ、いかなることに出合っても取り乱すことなく、処理を誤らなくなった。
50歳になると、自分に与えられた使命をさとった。
60歳になると、他人の意見を素直に受け容れて、世の人とともに善事を行えるようになった。
70歳になって、自分の心にこれがしたい、あれがしたいと思う通りに実践しても、人としての正しい道を踏みはずすことは決してないようになった。

21.
親にどこまでも手厚くしたいのはやまやまだが、親の存命中は、常識を踏み外してまでは尽くさず、礼で節度をとってお仕えし、親が死去したなら、同じく礼で節度をとって葬り、礼で節度をとってお祭りすることです。

22.
世の親とは、子の病気ばかりが心配です。だから健全に努めることが孝行です。

23.
近頃の孝行とは、衣食住など何一つ不自由ない生活で親を養えばよいと言うようだ。
しかしそれなら、犬や馬にさえしているではないか。
犬や馬を養うのとどうして区別ができようか。

24.
孝行の道。心の底はふとした顔色にも表れるから、表情が難しい。
仕事があれば若者が力を惜しまず働き、酒や食物があれば年上の人に勧める、さて、そんな行動だけで、心から深く親を愛する孝行といえようか。

25.
顔回と一日中話しても、私の意に反したり対立することもなく、静かに聴き入るばかりで、愚かしいかのようだった。しかし私の前から退いて独りの彼の寛ぐ姿を見入ると、教えた道の理解が深まった有様で、やはり啓発するに十分な資質が見えた。

26.
その人の行動を見つめ、動機を十分に調べ、楽しみ落ち着くところを深く考えたなら、真実は露わになるので、どうして隠し通せよう、どうして隠し通せようか。

27.
古典を学び、充分に習熟し、そこから新しい意義が発見できるようになれば、それこそ人類の師と称される資格がある。

28.
徳を身にそなえた立派な人物とは、自分の全人格を最大限に活かし、一芸一能にだけ用が足りる器であってはならない。ただ一芸一能にだけ通ずる融通のきかない者ではない。

29.
徳を身にそなえた立派な人物とは、まず言う前に実行し、その後で言うべきことがあるならものを言うものだ。

30.
徳を身にそなえた立派な人物というものは、人として実践すべき正しい筋道によって、あまねく公平に親しみ合うけれども、決して感情によって気の合う者とだけ親しむような、偏った交際はしない。
それに反して、得のないつまらない人物は、感情によって交際し、親しみ合うにも非常に偏っていて、人としての道によって、あまねく公平に親しみ合うことはしない。

31.
詩・書・礼・楽などの優れた古典を通して、先人の説を広く勉強しても、その事柄について、自分でよく思索研究しなかったならば、物事の道理に通ずることがなく、何の役にも立たない。また、それとは反対に、いくらよく思索研究しても、優れた古典を通して先人の説を広く学ばないならば、その結果は、一方に偏って危険である。

32.
古の優れた聖人が窮め高められて来た道と、ことさらに違うところを狙って研究するのは、それこそ害に他ならない。

33.
子路よ。お前は私の教えを知っているか。お前がもし私の教えを知っているならば、知っているとし、知らないならば、知らないと言いなさい。このようにできるのならば、これが私の教えを知っている人だ。

34.
広く物事について聞き、信じられないものを取り除き、慎んでそれ以外の確信できることを言葉にだすならば、人からの批判は必ず少なくなる。
また、広く見て、あやふやで安心できないものは取り除き、慎んでそれ以外の明確なことを行うならば、自分から罪を自覚し、後悔することが少なくなる。
言葉に非難が少なければ、俸禄とは自然にそこから出てくるものである。

35.
どうしたら民衆が心から従うようになるだろうか。
正直な人々を抜擢してよこしまな心を持つ人々の上に立てたなら、民衆は服従いたします。
しかし、よこしまな心を持つ人々をひきたてて正直な人々の上に登用したなら、民衆は服従いたしません。

36.
民衆が慎んで真心を尽くして仕事を励むようにさせるには、いったいどうしたらよいものでしょう。
民衆には言行を正しくして威厳をもって臨むと、民衆は自然に主君を敬うようになる。
親には孝を尽くし、子には慈愛をもって接すれば、民衆は真心を尽くすようになる。
善い人物を登用し、できない者を親身に教え導くと、民衆は自然に仕事に励むようになるものである。

37.
先生はどうして政治をなさらないのですか。
「書(経)」には、「孝行よ、ああ孝行よ。それによって親子の仲が良いのなら、兄弟とも仲が良くなり、一国の政治にまで及んでいく」とある。一国の政治にまで及ぶなら、一家の中をまとめるのも、やはり政治となる。どうして高い位にいなければ政治ができないことがあろうかと。

38.
人でありながら言行が一致しなければ、よい点がどこなのかわからない。大型車に牛を繋ぐ横木がなく、兵送の小型車に馬を繋ぐくびきがないなら、車馬共に離れ、どうして車を走らせよう。同様に、人に信がないなら、世と結びつくはずもなく、うまく生きられるはずがない。

39.
今後十代さきの王朝の姿がわかりましょうか。
殷では前王朝の夏の制度を受け継ぐところがあって、改廃したあとがよく分かる。
周でも前王朝の殷の制度を受け継ぐところがあって、改廃したあとがよく分かる。
つまり、制度というものは、時代に応じて調整する部分があっても、本質は変わらないから、それを見極めれば、もし周の跡を継ぐものがあっても、たとえ百代さきでも現在の制度の核心をつかんでいれば、類推してわかるのだ。

40.
祭るべき自分の祖先以外を祭るのは、神に諂い幸福を求める魂胆だ。人としての道を知りながら、これに努めないのは、真の勇気がないのだ。

八佾第三

43.
人がもし不仁で心の徳がないなら、どんなに行儀良く言葉巧みでも、何の役に立とう。
人がもし不仁で心の徳がないなら、どんなに美声で器量よしでも、何の役に立とう。

44.
儀礼は中庸がもっともよいのであるが、どちらかといえば、贅沢に過ぎるよりはむしろ質素にしなさい。
中でも特に喪礼はどちらかといえば形式が万端整い過ぎているよりも、むしろ心から哀しむほうがよい。

45.
未開拓の国でさえもなお君主がいる。いまの中国が、君主があれども無きがごとく乱れているのとは違う。

47.
君子ほどの人格者ともなると、人とは争いません。
もし争いがあるとすれば、それはきっと弓を射る礼の時でしょう。
それも互いに挨拶を交わして堂を昇り、終わって降りると勝者は敗者に杯を執って酒を飲ませる。
その争う様子はどこまで君主らしい。

48.
まず、真心という心の下塗りをして、礼は最後の仕上げである。

49.
古記録や礼を知る者が不十分だと、適切な論証はできない。

50.
王者の祭りの禘では、香酒を地に注ぎ、神を招くまでは、誠意がこもり観ていられるが、その後は次第に緊張が緩んでいい加減になるから、私は観たくない。

51.
禘祭の意味や深意は、遥か昔を慕う真心ある者でなければ掴めないでしょう。

52.
先祖祭りは、まるでご先祖がいまそこにいるかのようにお祭りし、その他の神々の祭りでは神が目前にいるかのように心を尽くすものである。
何か差支えがあって、祭りを他人に代行してもらったりすると、お祭りそのものがなかったような気がする。

53.
「奥の神のご機嫌より、竈の神のご機嫌を取れ」ということわざがあるが、それは道理に外れる。
天は比べ物にならないので、媚びる必要はありません。

54.
周は夏と殷の二代の礼楽制度をじっくり観察して、華麗な文化を創造した。私はすべて周の制度を参考にしたい。

55.
孔子があるお祭りを、初めて補助されたとき、その祭式について一つ一つ人に尋ねて行われた。
ある人が言った。「いったい誰が、孔子は礼に通じているなどと言ったのか。何をするときも一つ一つ人に訊ねているじゃないか」と。
これを聞いた孔子は言った。「このように、知っていても慎重にすることこそ、礼そのものなのだ。」と。

56.
「射礼では、的の皮を貫くのを重視しない」とあるのは、腕力に強弱があって不公平だからだ。
これが、「徳を尊び、力を尊ばなかった」、古代の道である。