人生の意味

人生に意味はない

でもどんなふうに生きて行くかを決めることはできる

 

子供を育てたい

何かを成し遂げたい

あれもこれもやってみたい

みんなと楽しく過ごしたい

 

 

それは何でもいい。何をやってもいい。何をするかは本人の考え次第。

 

February, 14, 2021

 


[解説(みたいなもの)]

人生にどんな意味があるのかな?って、昔からよく考えていた。
何で生まれてきて、何のために生きているのかなって。
色々考えたけど、宇宙や地球が出来てから何億年も経ってるって言われている途方もなく長い歴史を想像すると、その中で自分が生きている100年なんて、本の一瞬。
自分は、今まで生まれてきて、亡くなった人の数の中の、たったの、たったの一人の人。
人以外の生命や存在も考えると、自分なんて、この宇宙に存在している物のほんの一部に過ぎない。
生命があるとか、ないとかも、勝手に人間が考えていること。自分が考えていること。
宇宙は絶えず動いていて、人間社会のことなんて関係ない。
隕石が降ることもあれば、星が爆発することもある。
そんな無情の世界。
そもそも「無情」「有情」とかいうことも、人間が勝手に考えたこと。感じていること。
「人生」も同じ。
この宇宙の中で、ホンのひとかけらにも満たない私たちが、自分たちのことを勝手に「人間」と呼んでいる。その人間がこれまた勝手に「生まれる」と「死ぬ」という事象に呼称をつけてそう呼んでいて、この二つの呼称の間の期間のことを、勝手に「人生」と呼んでいる。
そんなちっぽけなもの「人生」に、宇宙が、他の存在よりも大きな、何か特別な意味を付けているとは、到底思えない。
なので、「子供を育てたい」とか「何かを成し遂げたい」とか「あれもこれもやってみたい」とか「みんなと楽しく過ごしたい」とかも、そのように大きく考えてみれば、意味のないこと。

すべては自然で成り立っている。
人間はその一部に過ぎない。
生まれても死んでも、それは自然の一部に過ぎない。
宇宙は絶えず変化している。
何かと何かが結びつき、新しい何かが出来たと思えば、
何かと何かが離れ、また変化していく。
右に動いたかと思えば、他の物質は違う方向に動いている。
止まっていると見えていても、すべては流れている。
自分はここにいるように見えているけど、本当は絶えず物質は動き、入れ替わっている。
私は一つなのだが、すべてでもある。すべてに通じているものでもある。

なので、
たかが人生に意味はない。
こんなホンのちっぽけな人生に意味なんてあるはずがない。
でも、たまたま人間ということで、この場所に存在という形で存在して、頭というものがあって、何か色んなことを考えることが出来るようである。
なので、その中で、自分がどういうふうに「生きて行く」かを決めることは出来る。
何が正しいとか、このように生きないとだめだというものはない。そんなことは宇宙にとっては全く関係がない。
そんな宇宙の中の存在として、生きたいと思うのなら、自分で考えて生きて行けばいい。
どういうふうに生きて行くか、決めればいい。