(Old) Self-introduction(January 5th, 2020)

みなさんこんにちは、はじめまして!

元気にお過ごしですか?^^

わたくしは「とむとむ」と申します。

 

私は今、約22年間勤めた大手企業を41歳で退職して、憧れだった世界旅行の準備をしています。

このブログは、旅行の記録や、人生観、人生の悩み、恋愛、結婚のこと、その他できれば皆さんのお役に立てるような情報、私の経験談などを、私なりに掲載、更新していこうと思っています。

旅に興味がある方、人生観、人生の悩みなどをお持ちの方、気になられた方はお気軽にご連絡ください。私はカウンセラーではないので、お話しを聞くくらいしかできないかもしれませんが、少しでも皆さんのお悩み解決の力になれたら嬉しく思います。(返信が遅くなることがあります。ご了承ください^^)

以下、プロフィールなどを紹介いたします。

1.退職について

退職を決断した理由は色々あるのですが、私は、「これから20年以上同じ会社に勤めて定年を迎える」のではなく、「今の会社を辞めてもっと自由な生き方をする道」を選ぶことにしました。

退職の意志を会社に伝えるまで、この年齢で本当に退職して大丈夫なのか、今後どのようにして収入を得るのかなど、すごく悩みましたが、会社員としても年代的にちょうど折り返し地点ですし、人生の転機だと思い、決断しました。

このあと、退職決断の理由に関することなどを少しだけ記載して行こうと思います。

2.私は、気ままに色んなところへ行くのが好きです。

「忙しい仕事」や、「夫婦生活(24歳で結婚)」にずっと没頭していたので、忘れてしまっていましたが、私は子供の頃「世界を旅して回りたい」という憧れのような夢を持っていました。

「場所を問わずに仕事ができるノマドワーカーという生き方」があることを知ったのは、39歳くらいの頃だったでしょうか。

妻との関係や今後の人生について悩んでいたそのときに、ふと、インターネット上に表示された「世界旅行」「ノマドワーカー」の文字が目に止まりました。

3.40歳で離婚。「私は妻を幸せにすることができなかった。」

私は、

「男(夫)として、妻を幸せにしたい。」

と思っていました。

これを見て、「まあ当たり前こと言っているだけだね」、「なんだかちょっと古臭いね」などの意見があるかもしれませんが、私は本気でそう思っていました。

そして結婚するときから「この人(妻)とずっと一緒に生きていきたい」、「この人のために、自分が家族を守る」、「この人のためなら、どんなに大変なことでも越えてみせる」、「そして幸せな家庭を作る」と心に決めて頑張ってきました。仕事がすごく大変でピンチなときでも、妻のために頑張っていると考えると、辛さも吹き飛んでいた気がします。

しかし、34歳のときに妻から「あなたと距離を置きたい」と別居の申し出がありました。

理由を聞きましたが、はっきりと教えていただけませんでした。

3-1.不妊治療の失敗、妻の心への配慮ができていなかった

私たちは結婚してからなかなか子供を授からず、一緒に不妊治療を受けていたのですが、体外受精の話を進めている途中で、私の仕事の転勤が決まり、妻と一時期離れ離れに。

妻にとって、不妊治療という肉体的にも精神的にも大きな負担がかかるときに、

「あなた(夫)は近くにいてくれなかった。」

あとになってですが、そのように言われました。

不妊治療は非常に辛いということは、周囲の方から聞いたり、本を読んだりしていたので、自分なりには気を配っていたつもりでしたが、多忙な仕事、転勤、親の病気も重なり、結局、妻の心を真に癒す行動が出来ていなかったんだと思います。

当時は現実的に難しかったかもしれませんが、「妻が治療中なので、転勤を断る。妻のために仕事の負担を軽減させてもらう。」という相談を上司にすれば良かったのではないか・・・と思ったりもしました。

そのほか、「私(夫)への不満」を書き綴った手紙を渡されたりしました。

その手紙には「あなたは会社の関係でお酒を飲みにって遅く帰ってくるのに、私が遅く帰ることを認めてくれない、私を自由にさせてくれない」、「怒ると何も言わなくなって怖い」、「あなたは私の意見を否定する」というようなことが書かれていました。

少し気持ちが高ぶったような書きぶりにも見えましたが、今まで感じたことを正直に伝えてくれたんだと思います。

言われてみれば、私は会社の飲み会の後は遅く帰ってくることがありましたし、意見が合わずに怒ったときはムスっとすることもありました。また、私は話し合いで意見が合わないときは、何とか双方にとって一番良い解決方法をとことん考えて意見を言ってしまうので、そういった点が妻の心を疲弊させてしまっていたのではないかと思っています。

私は不倫をしたり暴力を振ったりすることはありませんでしたが、恐らく上記のようなことから、妻は私と一緒にいることに幸せを感じなくなり(むしろ辛いと感じ出し)、今後も関係を続けるか、距離と時間をおいて関係を見つめなおそうかを考えたのではないかと思っています。

3-2.花形である東京本社へ転勤。だが、東京に妻を奪われた。

私はもともと地方出身で、仕事の転勤で妻と一緒に東京へ転居し、5年後にまた転勤で地方へ戻ってきました。妻から別居を切り出されたのは、この「地方へ戻ってきたタイミング」でした。

その時、妻から「別居先は東京」だと言われました。

私の勤め先は東京に本社があり、東京への転勤はいわゆる「花形」でした。

東京本社での経験を積むことで仕事のキャリアもアップし、より明るい未来が見えるはずと思い地方へ戻って来たのですが、妻はまた東京へ。

「お世話になったと思っていた東京に妻を奪われてしまった」、「本当にどうしてこんなことに・・・」と何度も自分を責めていました。

もしかしたら妻は不倫をしているのでは・・・

そんなことも考えてしまいましたが、それはもうわかりません。

別居するとき、妻から「気持ちを整理して、また戻ってくるために1年~数年か、わからないが別居したい」と言われました。

もちろん私も最初は猛反対しましたが、最終的には止めることはできませんでした。(妻を信じ、妻の気持ちを尊重しました。)

3-3.妻の帰りを待つ4年間の別居生活、そして離婚

別居してからは、月に1~2回程度のLINEか電話、年に数回会えるかどうかという日々。

私は、妻のことを想いながら、新しく担当することとなった仕事に携わり、単身生活をしていました。

それから4年。

ずっと妻を待ち続けましたが、妻は帰ってきませんでした。

離婚する少し前に、「別居して2年目くらいのときに会った際、そのとき”もう戻らない”と考えていた」ようなことを妻が言っていたような気がしますが、結局、真の理由はわかりません。

4年間の別居生活を経て離婚することになりました。(先の見えない別居生活に、私が耐え切れませんでした。)

3-4.妻を幸せにすることができなかった

前談が長くなりましたが、「幸せにするはずの妻は、実は幸せな生活を送れていなかった」、「それに私は気が付いていなかった」、「別居し、反省し、時間をおいたが結局妻は私のもとに帰ってこなかった(私では幸せを感じることができない)」

すべての力を使って頑張ってきたつもりでしたが、身近で最も大切な妻を幸せにできなかった。

私は「妻を幸せにすることができなかった人」なのです。

 

4.世界旅行への道

39歳くらいの頃、「ノマドワーカーという生き方」が目に止まり、憧れだった「世界旅行」のことを思い出したあと、私は具体的にそのことを調べ出しました。

・ノマドワーカーはどのような方法で収入を得ているのか

・世界旅行の方法、ノウハウ、注意点(調べていると世界一周のことがよく出てきました)

膨大な情報をあさっていたとき、世界一周のノウハウ・知識を提供しているというある団体を知り、思い切って、その団体が主催するゼミへ参加しました。九州から近畿まで、4回(4カ月:月1回)通いました。

最初は正直、その団体を信じて良いかわかりませんでしたが、実際ゼミに参加して、視野が開けました。

 

そんな中、40歳になり、離婚しました。

それからすぐにでも仕事を辞めて海外へ旅立とうと思いましたが、今までの別居生活で心が不安定になっているかもしれないので、すぐに決断することは控え、少し時間を置くことにしました。

それから約1年。

いつまでもズルズルと時間ばかり経っても動けないので、「このときまでに、仕事を続けるか、辞めるかを決断する」という期限を決めました。

「もし本当に退職したとき」に備えて、色々と準備をしてきたので、心はかなり退職に傾いていましたが、「この年代で、安定した生活から離脱することへの不安」、「スキルもないのに、本当に未知の世界へ足を踏み入れることの不安」は最後までありました。

期限が迫り、「退職の届け」を準備。本当にこれを出すのか、出していいのか。数日間ずっと悩みました。

そして、提出ができないまま、自分で決めた期限の日が到来。

最後の最後まで悩みましたが、「人生の壁を打ち破るのは、絶対に今しかない。自分はもっと広い世界を見て、新しい人生を経験するんだ。」と、力の入らない体を「心」が動かし、退職することを上司へ伝えました。

伝えたときの気持ちは今でも覚えていますが、

「自分は本当に退職するということを伝えたんだな。」

「もうこれで後には引けないな。」

「人生、自分の心の赴く方向へ、素直な気持ちで歩んでいこう。」

というような、何とも不思議な感覚でした。

 

 

「突然の退職」により、上司や同僚などに迷惑をかけてしまいましたが、自分で決めた決断。上司も「あなたの人生のことだから」と、理解してくれました。

なお、それまで「退職を考えている」ということは同僚や部下、上司に相談はしていませんでした。

相談していなかったということが良いことなのか悪いことなのかはわかりませんが、そのとき私は管理者の補佐をする役職に就いていたため、「退職するかどうか自分自身の気持ちが固まっていない状態で、中途半端に退職の可能性を匂わせてしまう」と、「管理者や職場の皆さんを戸惑わせ、職場の士気に悪影響が出てはいけない、事業に影響が出てはいけない」と思っていたからです。

 

 

退職の意向を正式に伝えたあと、約1カ月半程で退職となりました。

 

 

私は、今まで勤めた会社が嫌になったわけではなく、トラブルがあったわけでもありません。仕事には今まで本気で取り組んできたつもりですし、厳しくも楽しくやってこれました。また、本当に色んな方にお世話になり、なかなかできないような貴重な体験(担務)も多くさせていただき、多くの良い方々に恵まれ、本当に感謝しています。これからもその関係は続けていけたらいいなと思っています。

「場所、仕事、生き方」は違うけど、「同じ時代に生きている」のだから、みんなときっとどこかで繋がっている。

そう思って生きていくようにしています。

 

そして今、フリーランスとしての知識を提供してくれる合宿型講座への参加を経て、

英会話を習得するため、フィリピン・セブ島へ語学留学中です。

5.これから

本当にこれから、どのような人生が待っているかまったくわかりませんが、「人との出会いを大切にして」「人に優しくして」「人のために力を尽くして」「人のことを想いながら」「自分の心の動く方に歩いていく」。そんな人生を送れたらいいなと思っています。

これからもまた随時、ブログの更新、SNSでの情報発信なども行っていこうと思います。

もし、同じように生き方や生活などの悩みをお持ちの方がいらっしゃいましたら、お気軽にご連絡ください。穏やかに優しく繋がっていきましょう。返信が遅くなる可能性もありますのでその点はご了承ください。

 

「世界にはきっと楽しいことがいっぱいある!」

「自分のペースで、心のままに生きていこう!」

今のところ、とむとむはこんなひとです。

皆さんの人生が健やかでありますように^^

お互い楽しくいきましょうね!

 

6.その他情報(仕事の経験など)

基本情報

・1978年生まれ

・性別:男性

・性的指向:異性(女性)

・出身:日本

趣味、好きな事

・旅行

・ゲーム

・カメラ(超初心者だけど楽しい^^)

仕事の経験

・ラーメン屋アルバイト(1年)

・新聞配達(半年)

・郵便配達(4年)

・生命保険 接客・営業(4年)

・銀行 接客・営業(4年)

・銀行 地方支社 接客、社員指導、運行管理マネージャー(8年)

・銀行 本社 社員指導、総括担当(5年)

習い事、スポーツなど

・ピアノ(半年)

・サッカー(2年)

・バレーボール(2年)

・ペン習字(2年)

・バドミントン(2年)

7.お世話になり、信頼している団体・企業等

TABIPPO

田舎フリーランス養成講座

CROSS×ROAD